7月の御教え
 




生き死にも富も貧苦も何もかも
 心一つの用いようなり (御文九二号)






《解説》


 教祖様ご在世中のこと、一人の盲目の男性が、人からの勧めもあって毎月二と七が付く日に開かれる「二・七の御会日」への参拝を丸三年欠かさず続けました。ひたすら「開眼のおかげをいただきたい・・・」の一念から、五日ごとに教祖様のお説教を拝聴し、ご祈念を受け続けましたが、その目に光を見ることはありませんでした。


 ちょうど満三年の御会日に、参拝者が帰るのを待って、彼は教祖様にお別れの挨拶をしました。三年間、御教えの有り難さを学んだこと、広大なおかげが顕れた場面に幾度も居合わせたこと、お道に対する疑いの心は全くないことを申し上げて、「やはり、私の信仰が足りないのでしょう。まことに残念ながら、おかげはいただけませんでした。これ以上、私のような者がおりますと、先生のお徳を傷つけ、お道の発展を妨げることになりますので、本日をもって参拝を遠慮いたします」と述べたのでした。


 黙って聞いておられた教祖様は、そのとき勢いよく拍手を打たれて、「何と、大きなおかげをいただかれたもの!有り難い!」と仰せになりました。あわてて「いえ、おかげがなかったと・・・」と言いかけるのを抑えて、「何を言われる? 考えてもごらんなさい! 月六回の御会日を三年といえば二百回以上。不自由な身で、それを一回も欠かさず元気に参れた。家族の誰かが病気になっても、何か事があっても参れぬことになり、近所隣り、また遠い親戚でも不幸があれば、穢れとか何とか言って参れないことになるのです。実に有り難いおかげを受けられたものです!」と言って、また拍手をお打ちになりました。


 教祖様のお言葉と拍手の響きに電撃に触れたように立ち上がった男性は、「先生、間違っておりました!有り難うございました!」と言って、手にした杖をつくのも忘れて勢いよく表に飛び出し、ただ有り難い感激の一念に何もかも忘れて家路につきました。生まれ変わったような晴れやかな心での帰り道、涼しい川風が頬に当たるのを感じ、多年苦しんだ目の見えないことを一瞬忘れて「ここはどこか・・・?」と目を向けた先に、旭川の賑やかな光景が両眼に映ったといいます。


 岡山藩士奥村圓左衛門氏の開眼と伝わる御逸話です。心一つの用いようと徹底感謝の一大事を、深く学ばせていただきましょう。