8月の御教え
 





有るものは皆吹きはらえ大空の

なきこそおのがすみかなりけれ(御歌六三号)







《解説》




 本教の祓いの教えを代表する今月の御教えは、教祖様直門の野々(のの)(うえ)帯刀(たてわき)高弟(優れた弟子の意)がおかげを受けて入門される切っ掛けとなった御神詠でもあります。


美作(みまさか)(のくに)勝北郡(現岡山県美作市)の神職として、元々は教祖様とは同僚であり神職の格式では少し上位であった野々上氏は、重病のため人の勧めで初めて教祖様のお説教を拝聴した時、どうも自家胸中の一念が邪魔をして、真に素直に有り難く御教えを聞くことができなかったそうです。お説教が終わって(じき)まじないを受けた野々上氏の下腹に手を当てて、教祖様は今月の御教えである御歌を唱えると同時に強く御陽気を吹き掛けられました。その瞬間、胸中にわだかまっていた学問も見識もこだわりも何もかも吹き飛んでしまって、たちどころに尊いおかげをいただいたのでした。


「祓いは神道の(しゅ)(きょう)なり」、「時々刻々(じょう)(ばら)いに祓えよ」、「妄念を祓え。雑念を祓え。悪念を祓え。邪念を祓え。善念をも祓えよ」等々、教祖様は徹底した「心の祓い」の大切を説かれましたが、それは(ひとえ)に「人は天照大御神のご分心をいただく神の子」との揺るぎないご確信あればこその御教えです。


「時尾先生講録」によると、教祖様は“万能袋”(巾着(きんちゃく)袋か手提げ袋)に例えて、そこのところを分かりやすく御教え下さっています。


「天心は天照大御神の大御心なり。人にて言えば本心なり。この本心は如何なるものと言わんに、たとえば今時用いる万能袋の如し。この袋の内に有るものはみな私心なり。この私心を祓い尽くせば、生来の袋ばかりなり。これすなわち本心なり。天心なり。掛け巻くもかしこき天照日大御神の大御心なり」


本稿では、「離我任天」、「養無」という高くも深い境地に通じる「現在只今(ただいま)」の「有り難さ」と「誠」の一大事をたびたび学んできましたが、「袋の内に有るものはみな私心なり。この私心を祓い尽くせば、生来の袋ばかりなり。これすなわち本心なり。天心なり」との御言葉を深く()み締めて、祓いに徹する黒住教道づれでありたいものです。