12月の御教え
 



火事がいてそのまた上に胸を焼き


心の火事ぞ丸焼けになる


損をしてそのまた上に気を痛め


命の損ぞまる損という 

                      (松岡清見大人(うし)詠)





《解説》




 「『二度焼け』のおさとし」として名高い御逸話(ごいつわ)から、「難有(なんあり)有難(ありがたし)」の御教えを学ばせていただきます。


 わが家を火事で失ったことを非常に嘆き悲しんだ結果、病気になり悩み苦しんだお道づれが、「この上はおかげをいただく以外にはない」と決心して教祖様の元を訪ねました。事の次第を申し上げるや否や、教祖様は言下に「ご用心なさらぬと、二度焼けをしますぞ!」と、凛然(りんぜん)と言って、そのまま奥に入られたそうです。


 日頃は温和な教祖様からの予想外の御言葉に驚き恐れ入りながらも、実は御言葉の意味を理解しかねていたその人に、その場にいた高弟の松岡清見師(元は教祖様と同僚の神職)が即座に()まれた道歌が今月の御教えです。


 諧謔(かいぎゃく)(ユーモア)の中に真理を含んだ道の歌を何度か繰り返すうちに、「なるほど・・・!」と(ひざ)を打って悟るところのあった病人の顔色は見る見る活気を帯びてきて、「いや、分かりました。間違っておりました」と心を取り直して、間もなく全快のおかげをいただいたということです。


 「ご用心なさらぬと、二度焼けをしますぞ!」とは、まことに有り難い、同時に、かなり厳しい御言葉です。確かに、火災に()ったことは大変な災難ではありますが、そこに呻吟(しんぎん)(嘆き(うめ)くこと)しているうちに更なる災難がやって来るものです。「家財は失ったが、家族は無事だった。考えてみれば、有り難いことだった・・・」と、難有る中に有り難きことに気付いて気持ちを切り替えることが“心直しの道”である本教の修行です。松岡師がいらっしゃったから教祖様は厳しい一言だけ言って奥に入られたのだと拝察することですが、最愛のご両親を突然に失った悲しみに心を痛めて生死の関頭にまで立った、「二度焼け」の恐ろしさを誰よりもご存じである教祖様の御教えを心深く学んで、難さえも有り難くいただくことのできる心丈夫な信仰者を目指したいものです。そして、決して簡単なことではありませんが、お道ならではの前向きな姿勢で臨むことで、いずれ必ずや「あの難があったからこそ・・・」と、真に「難有り有り難し」を実感できる心に到達しましょう。