1月の御教え(感謝の誠)
 
有り難うなりさえすればおのずから 病も治り家もととのう

  応武鶴三郎大人(うし)

《解説》

 「ありがとうなる」――感謝と感動の心を養う道である本教ならではの御教えですが、現代を生きる一人でも多くの方に、その大切を学んでいただきたいと思います。

文明の利器の恩恵に浴している者が無責任な文明批判をすべきではありませんが、合理性と効率性が追求され、私たちの生活があらゆる分野で便利に、そして(らく)になった結果、それを当然とする「あたりまえ」が増えました。“平常心”は大切ですが、「(そんなことは)あたりまえ」という安易な気持ちでいると、不平や不満に心は向かいます。それが、さらなる改善と進歩への原動力に活かされるならまだしも、えてして単なる愚痴や恨みに終始しがちなもので、いつの間にやら不健康な心の状態に陥ってしまいます。「有ること難い(滅多にない)」と思うからこそ「ありがたい」わけで、「あたりまえ」とは“真反対”の心境です。健康な心を養うための「ありがとうなる」修行が、今ほど必要なときはないと思うのです。

 一方、「家族」といえば「核家族」を意味する時代になりました。かつて新たな家族構成として識別された「核家族」という言葉があまり使われなくなり、その代わりに昔ながらの家族構成を「三世代家族」と称して表現されるようになりました。しかも、それは「核家族」の“敷地内同居”としての「二世帯家族」の場合が多くなっているようです。時代の変化を否定的に受け止めるべきではありませんが、変えてはならない大切なことを、たとえ方法を変えてでも何とか継承しようとする努力が重要であるにもかかわらず、それを意識しないまま時代に流されがちな人が多いことに不安を覚えます。

「子供のいない人はいても、親・先祖のいない人はない」とは教主様のお言葉ですが、それこそ「あたりまえ」のことであるはずの、ご先祖、そして天地自然の大いなる御働きによって「“今”生かされて生きている」という「おかげさま」の心で手を合わすことの大事を次の世代に知らしめることは、いつの時代も年配者のつとめです。

心して「ありがとうなる」道を歩みたいものです。


「『ありがとう』反対ことばは『あたりまえ』心なおしてありがとうなる」

(「道の七首」より)