1月の御教え
 




なかなかに人ざと遠くなりにけり


あまりみ山の奥をたずねて(御文四二号)






《解説》


 ややもすると宗教は人に現実逃避を促しがちです。人は信仰することで、生前や死後の世界に目を向け過ぎて現在只今(ただいま)(おろそ)かにしたり、あえて現実から目をそらして甘い理想に心を奪われたりしやすいものです。その点、本教の教えは徹底した現実重視志向です。現実をありのままに受け止め、祈りと養心(心を養う)の修行の結果として、理想をも現実のものにしていく道といえます。

 「深山(みやま)の奥をたずね過ぎて、本来の居場所から遠ざかることのないように」という古歌を引用した今月の御教えに続いて、教祖様は「皆々知恵と心得て、次第次第に神や仏に遠くなることばかり、修行いたすと存じ(たてまつ)(そうろう)。その邪知(じゃち)を捨て、天の産み給う玉かがみにかえること近くなることと存じ奉り候」(御文四二号)とお諭し下さっています。

 このこと、私たち現代人こそ深く反省しなければなりません。経済活動や物質主義に(かたよ)り過ぎることへの反省であり、その反動ともいえる、得体(えたい)の知れない“スピリチュアル・ブーム”や霊感・占いへの若い世代の無防備な傾倒への反省です。

 教祖様の御逸話(ごいつわ)に、「遠めがねの話」と「『ウンコウニチ』の()んだ話」という傑作な実話があります。

 備前児島郡(あじ)()村の大庄屋野崎武左衛門氏、教祖様を招いて御教えを拝聴することを喜びとしていましたが、ある日、大金を掛けて購入したオランダ製の遠めがね(望遠鏡)を得意気に教祖様にお見せしました。子供のように驚き喜ぶ教祖様に対して、「『日の神のおかげさま』も有り難いですが、『お金さま』も有り難い」と言う野崎氏に、「この便利な遠めがねは、夜でも見えますか・・・?」。

 教祖様の健康を気遣った人の善意で(やいと)を据えてもらっていた教祖様に、別の人から「今日(きょう)はウンコウニチ。お(きゅう)を据えたら体調を崩します。すぐにお()め下さい!」との忠告があり、素直に受け入れた教祖様。忠告した方が立ち去った後、「知らなかったもので、申し訳ないことをしました」と謝罪する先の方に対して、こともなげに「続きのお灸を・・・」と(おつ)しゃる教祖様。「それでも、今日は・・・」と言いかけるのをおさえて、「ウンコウニチは、もう()にました!」。

 重心の掛け方をさらりとお諭し下さる教祖様でした。