8月の御教え
 

つき立つる心の柱太ければ

千代も動かぬ家と見えける(御歌一三八号)


《解説》


 「誠」は「真事・真言」という意味だといわれます。人名漢字も含めて「まこと」と読むことのできる漢字を検索してみると、「真、実、信、諒、亮、睦、愫、正、惇、順、純・・・」など、五十以上も見付かりますが、その中には「一、命、本、道、理、忠」といった思いがけない文字も数多くあります。一見、「なぜこの字が・・・?」という文字も、教祖宗忠様が説き明かして下さった「誠の教え」により、「天地(神)の誠(真実)と人の誠(真心)は、本来一体である」ということを学ばせていただくと、それぞれの一文字に込められた深意を推し量ることができます。


 そこで今月の御教えですが、「つき立つる心」とは揺るぎない不変・不動の「信の心」であると考えると、個人の信条や信念も、さらには信仰も信心も、信義という 「誠」に基づいていなければ、信用・信頼・信任・信託に値する普遍・不偏の「真の信」足り得ないことが分かります。「勝手な思い込みや自分だけのこだわりは『信』ではない」とは言い過ぎかもしれませんが、「誠」あってこその「信」であり、「真の信の柱」を太くしっかりとつき立てることによって「千代も(永遠に)動かぬ家」が築き上げられることを深く心に学びたいものです。


 ところで、「まこと」と読むことのできる漢字に関連して、御神詠「御歌八〇号」を併せて学んでいただきたいと思います。


「一を知る人こそ一よよろずよの


命を照らす日の本の人」


「一」も「命」も「本」も、そして恐らく「日」も「まこと」と読むことができ、それが、同じく「まこと」と読める「道」の「理」であることに気付いた時、今月は文字に関心を寄せ過ぎたかもしれませんが、「誠」の一文字がいかに大切かをあらためて学ばせていただいたことです。