6月の御教え
 










かんにんをするよりもとの腹立てな


腹し立てねばかんにんもなし (伝御神詠)










《解説》


 







 教祖宗忠様ご在世中、尊信する教祖様をたびたび自宅にお招きして教えを受けていた和気郡尺所(しゃくそ)(現岡山県和気郡和気町尺所)の大庄屋・大森武介氏が、座敷に掲げた「堪忍」と書かれた額を示して、わが思いを申し上げたことがありました。


 「おかげさまでわが家は大変繁盛しておりますが、家の内外で多くの人と接する際に堪忍をしませんと無事に過ごせません。そこで、この額を朝夕に見ては反省しています・・・」。


大森氏の話を聞き終えた教祖様は「それは結構なことですが、いっそのこと堪忍もしない方がよろしい」と(おっしゃ)いました。思いがけない教祖様のお言葉に驚く大森氏に対して、「腹さえ立てなければ、堪忍も要りません」と言って、その場で詠まれたのが今月の御教えです。


先月と同様に、御教えの実践をご指導下さっている御逸話(ごいつわ)ですが、大森氏に限らず、私たちは「腹を立てるな」と御教えいただくと「腹を立てないように我慢する」と考えがちなものです。しかし、例えば下から火を()き付けながら(ふた)をして押さえ込んでも所詮(しょせん)限界があるように、我慢や堪忍には無理があります。火の勢いをそのままにして押さえ込むのではなく、火の元(原因)から鎮めるように心掛けること、そして普段から火を付けないように気を付けておくことの大切をさらりと御教え下さった教祖様でした。


“ストレス社会”と言われる今日ですが、自己主張による人間関係の軋轢(あつれき)などが原因で生じるストレスと、逆に軋轢を避けるが故に自分を押し殺すことで生じるストレスがあります。自他ともに()かし上手”に生きることは大変難しいことですが、本教の教えの根本である「ご分心(神の心・心の神)のご座所であるわが心を痛め損なわない」ための大切な修行なのです。「御訓誡七ヵ条」の、第二条に「腹を立て物を苦にする事 恐るべし恐るべし」と示されている深意を学ばせていただきましょう。