2月の御教え
 













根をしめて風にまかしてあらそわず


柳を人の心ともがな


(伝御神詠)



















《解説》








 今月の御教えの原型と伝えられる教祖様による発句が「根をしめて風に従う柳かな」です。とかく争いごとの絶えない人の世にあって「柳のような人の心でありたいもの」と願われた教祖様が、発句でも短歌でも重きを置かれたのが「根をしめて」の一言でした。


 数ある「教祖様の御逸話(ごいつわ)」の中で、あまりにも偉大で崇高で、天照大御神とご一体の教祖宗忠神なればこそと思わずにはいられないのが「追剥(おいはぎ)にお約束の金を」、「同じ金を二度お払い」、「横領の冤罪(えんざい)を甘んじてお受けになる」です。


 御神用からの帰り道、突然現れた男から十両の金を迫られた教祖様は、物静かに応答されました。「ぜひご入用か? なるほど、こうして人気(ひとけ)のない夜道で見知らぬ者に金の無心をなさるとは、よくよくのこと・・・。分かりました。ただ、今は五両しかないので、今夜はこれだけ持ってお帰りなさい。残りの五両は、今村宮の手水(ちょうず)(ばち)のそばに埋めて目印の石を置いておきますから、明日の夜に取りにお()でなさい」。


思いがけない返答に戸惑いながら、言われるまま翌晩に今村宮を訪れると、確かに約束通りだったので、男は教祖様の誠ごころに感じ入ると同時に、自らの間違った心と行いを深く恥じ入って、やがて厚く信心するようになりました。


 次の御逸話は、ある年の暮れにご親戚某家より金六両の返済方の催促がありました。これは、以前お借りになった金でしたが、すでに返済できていたものでした。六両という大金にもかかわらず、教祖様は黙って再びお払いになりました。その時に詠まれた御歌と伝わるのが「誠をば神は見すらん(ぬれ)(ぎぬ)を人には着せじ身は重くとも」でした。


 また、困窮した農夫のために金の工面をなさった教祖様のもとに、金を貸した武士が穏やかならざる様子で訪ねて来たことがありました。返済を渋る農夫を問い詰めると、「黒住先生に渡した」と言うので、不審に思いながら確認に来たのでした。教祖様は、すべてご自身の過失だったことにして、横領の冤罪を甘んじてお受けになったのでした。


 凡人には到底真似(まね)のできないような御逸話ばかりですが、教祖様がどれほどに「根をしめて」おられたかを、深い感動をもって学ばせていただくことです。