5月の御教え
 
















世の中に楽しみ多き身なれども


生くるにまさる楽しみはなし  (伝御神詠)






















《解説》











 「右、(むね)(ただ)(のかみ)常に教え(たま)いし御言葉(みことば)なり」の一節で締めくくられている「三十カ条」の第二十九条は、「(いき)ものは息するものという事で、人間は勿論(もちろん)、鳥畜類に至る(まで)(あま)(てる)(かみ)の御神徳が、二六時中(にろくじちゅう)に鼻と口より通い(たま)(ゆえ)、生きて居らるる。なんと有難く尊い事では御座(ござ)らぬか」です。


 また、「長息をすれば長生きをする」と御教えになり、あえて「長いきをする心をよめる」と書き添えた御神詠「若い人死にともなくば生きめされいきさえすればいきらるるもの」(御歌二〇八号)を遺して下さっています。


生々(せいせい)大道(たいどう)」とか「生きる教え」と称されてきた本教のお道づれにとって、「生きる」と「息をする」の深い関わりを知ることは、今月の御教えを学ぶ上でも大切なことだと思われます。


実は、「息(呼吸)をする」の観点から「三大修行」の意味を尋ねたとき、「呼気(吐く息)」と「吸気(吸う息)」のそれぞれを、ひたすら本気で行う修行が「お祓い修行」と「御陽気修行」であることに気付きます。


 一本でも多くの「お祓い」を上げる大切を教えながら、教祖宗忠神がその(ことば)の解釈を一切していないのは、文脈で息継ぎをするのではなく「大祓(おおはらえ)(のことば)」を下腹から朗々と唱えて息を吐き切ることを重んじられたからでした。また、息を吐くことは「御陽気修行」でも重要なことですが、「御陽気をいただきて下腹に納め、天地と共に気を養い」(「道の(ことわり)」)との御言葉の通り、「御陽気修行」は、腹式にて深く長く息を吸って最後の一口をゴクッと()み込んで(はら)に納める鎮魂(ちんこん)の修行です。この“真呼吸”とも言える深呼吸を朝日のご陽光をいただきながら行うのが「日拝修行」であり、ご神徳の中で生かされて生きていることを実感できる至福の時なのです。


 


天照らす神の()徳は天つちにみちてかけなき恵みなるかな       (御文八五号)


天照らす神の()徳を知るときはねてもさめてもありがたきかな      (御歌八号)





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