今月の御教え
 


























天照らす神の()徳をしるときは


  ねてもさめてもありがたきかな (御歌八号)


































《解説》














 本稿を元に編集された「道端感謝」(副教主様著・黒住教日新社刊)の副題は、「豊かな心は“気づき”から」です。「有ること難い(滅多(めった)にない)」と感じればこその「有り難い」という感謝の心の反対は「(そんなことは)あたりまえ」と安易に受け流してしまう気持ちですが、「あたりまえ(当然)」と思っていたことが、本当は「有り難いこと」であると、誰でも気づくことができます。昨年九月に第二版として再版された「道端感謝」では、「(おもんみる)」・「(おもんぱかる)」・「(よりどころ)」の三つの観点から「あたりまえ」の「有り難さ」への“気づき”が示唆(しさ)されています。


 「(おもんみる)」は「唯」に相通じる言葉で、「深く思考する」という意味です。何事も、掛け替えのない唯一無二の「有り難いこと」であると、その一文字が物語っています。英語のThink(考える)」と「Thank(感謝する)」の語源は同じなのだそうで、洋の東西を問わず真理は一つだと教えられます。


(おもんぱかる)は「広く思いやる」ことで、人の言動(発言と行動)の出発点です。「思いやり」を漢字で表すと「思い()り」ですが、「心(づか)い」や「気(づか)い」も「遣」が正しい表記で、「心使い」や「気使い」ではありません。すべては分かち合って、支え合って、助け合って、ともに生かされて生きているという「有り難さ」を忘れてはいけません。


そして、「(おもんみる)」をタテ軸、「(おもんぱかる)」をヨコ軸とすると、その両軸の交わる所が「(よりどころ)」、すなわち自分自身です。タテ軸は連綿と受け継がれてきた “時間軸”でもあり、ヨコ軸は“社会軸”とも表現できます。見失いがちな自分自身は、深く広く()()・思慮して気づいた感謝の心からの報恩の言動で確立されるものなのです。


本稿先月号でいただいた「天照大御神の満ちて欠けなき尊きご神徳」の有り難さを、全身全霊で「しる(知る・識る)」大感激を教祖宗忠神がお詠み下さった今月の御教えを、自ら体取・体得・体現できるよう、ともに人生の正道を真摯(しんし)に歩んでまいりましょう。








home