5月の御教え

天照らす神もろともに行く人は

  日ごと日ごとにありがたきかな (御歌一三号)




《解説》

 先々月以来、本掲示板では教祖宗忠神が詠まれた「天照らす」で始まる代表的な「七首の御神詠」をあらためて学んでいます。天照大御神のご神徳は天地自然に(りん)と満ち渡る尊き御恵(みめぐ)みであるという真のありさまを詠み示された先々月の御教え「天照らす神の御徳(みとく)は天つちにみちてかけなき恵みなるかな」(御文八五号)。そして、そのご神徳の有り難さを本当に「しる(知る・識る)」ときの至福が詠み表された先月の御教え「天照らす神の御徳を知るときはねてもさめてもありがたきかな」(御歌八号)。さらに、天照大御神もろともに行く人の一層の有り難さを詠んで、「ありがとうなる」ことの相乗性と無限性を教えて下さっているのが今月の御教えです。

 教祖神が意識的に順序づけられたものではありませんが、これら三首の御神詠をセットで学ぶことは、「開運の道」たる黒住教信仰を実践する上での「位置について!」と「用意!」と「始め!」の“三原則”と理解しても良いのではないかと思います。

 そこで今月の御教えですが、いかにして「天照らす神もろともに行く」かを求めたとき、そこにこそ、天照大御神とご一体の教祖宗忠神をいただく私たち黒住教道づれの有り難さがあると確信します。「このような場合、教祖様だったらどうなさるか...?」と、私たちは常に教祖神の御手振(みてぶり)御瀬踏(みせぶみ))を手本とさせていただけるのです。もちろん簡単なことではありませんが、祈りのスローガン「教祖様、もっと知りたい近づきたい」の実践が、すなわち「天照らす神もろともに行く」道に他ならず、日ごと日ごとにありがとうなる人生の王道なのです。

「宗忠の神もろともに行く人は

日ごと日ごとにありがたきかな」

 立教二百年の真っ(ただ)中を歩む私たち黒住教道づれは、心新たにこの御歌の励行こそがこの道の修行と心得て、真摯(しんし)につとめてまいりたく存じます。

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