2月の御教え(反省の誠)
 
道というその名に迷うことなかれ 朝夕己がなす業にあり
  (道歌)


《解説》


 「殺してはならない」、「盗んではならない」、「偽ってはならない」。


厳密な表記の上では多少の違いがありますが、これは旧約聖書に示された「十誡(モーゼの十誡)」と仏教の「五戒」や「十戒」に共通する教えの一部です。


 日本人の多くが仏教徒であるとはいえ、この「戒め」を「仏教の教えだから守らねばならない」と考える人は少ないと思います。「宗教だから・・・」ではなく、敢えていうまでもない人として守るべき当然の鉄則として、古来わが国では「人の道」が重んじられてきました。


 “言うまでもない”から“言わざるを得ない”に、態度を改めなければならないほど社会が変わってしまった現実には当惑するばかりですが、ここまで“人でなし”が多くなってしまった以上、「人の道」の何たるかを学びなおして自らを律するとともに、青少年を教え導く義務と責任が現代日本の大人たちには課せられています。


 今月の御教えは、この「人の道」が実に端的に示された、いうなれば“黄金律”です。どんなに尊い教えも規則も戒めも、「朝夕己がなす業」すなわち「普段の身の行い」に現れなければ意味はありません。教祖様は、「この道は人となるの道、すなわち神となるの道」と明言されました。「人は『日(とど)まる』の義、『日と(とも)にある』の義」という「天照大御神のご分心(わけみたま)をいただく神の子」である人は、人として本来踏み行うべき道を確かに歩むことによって、神となるのです。「日の教え」である本教の教えは、日本人がはるか昔から遵守してきた「人の道」が説き明かされた正道です。なればこそ、まことに恐れ多いことながら、「(たま)(ほこ)の道の()国にあらはれて日月とならぶ宗忠の神」という、孝明天皇御製(ぎょせい)までも賜っているのです。常にわが本体たる「ご分心」を養う思いで、わが心を磨き鍛えて実践する「道の誠」をともに尽くしてまいりましょう。


「この道は人となる道 日の教え


誠を尽くして開運一路」(「道の七首」より)