8月の御教え
 

助け合う道あればこそ世の中を 渡れる人も心安けれ

  (山野定泰大人(うし)詠)


《解説》

 地縁・血縁という伝統的な信頼のネットワークが崩れ、家族の(きずな)さえも(もろ)くなって、“個化”といわれる個人偏重傾向が著しいのが現代社会の特徴であるようです。

 それは、“村八分(むらはちぶ)”という絶交状態に置かれると生きてはいられないほど、人と人、また、人と社会の繋がりが濃密であった時代には意識する必要もなかった「人のため」とか「社会のため」、また「助け合い」とか「ボランティア」を、心して実践・励行しなければ、社会全体がバラバラになってしまうかもしれない危うさを伴った時代です。文明の利器のおかげで、各自が他人の目を気にせずに生きられる自由を得られる時代だからこそ、今まで以上に、お互いに相手を(おもんぱか)る「思いやり」が大切にされなければならないと思います。

 いわゆるボランティア活動の経験がある人が共通して実感するのが、「やさしさ」と「思いやり」の違いです。「やさしさ」は、とても大切な善意ですが、場合によっては「押し売り」になって、相手が「ありがた迷惑」に感じてしまう可能性のある、いわば一方通行の心情になりがちです。他方、「思いやり」は、まず相手の立場に立つことを前提とした心根ですから、時として誤解されるような厳しさを伴うこともありますが、少なくとも、独りよがりの「押し売り」はありません。

 このような「あたりまえ」を見つめ直さなければならないほど人間関係が希薄になっている今、人と人との意思疎通(コミュニケーション)の基本として、「聴く」ということが重要視されています。「傾聴」といわれる専門的な聴く技術は、誰もが容易に行えるものではないかもしれませんが、世の中に“個化”ならぬ“孤化”に苦しむ「独りぼっち」が溢れている以上、真剣に相手の話に耳を傾ける“聞き上手”になれるように、お互いに心がけることが大切です。親身になって聴いてあげる「思いやり」から、途切れがちな絆が結び直されるのではないでしょうか。いつの時代も、話し相手、すなわち自分の話を聞いてもらえる人がいるほど有り難いことはないのですから。